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アニメオタク外人さん
2000年~2010年のオタクたちの話(大抵は2000年代後半からかも)
魔法のようなこの期間に、多くの名作が生まれ、ファンの数も急増した
自分がアニメに興味を持ったのは2013年だから、パーティーに遅れた組
だからこそ過去世代の経験を吸収してたくさんのことを学びたい

ナイトコアの話、240pのAMVから作品のタイトルを探したエピソード、低解像度の画像を壁紙にしたり、ニコニコ動画が生み出したすべての文化、アニメフォーラムのヤバイ話
なんでもこい!

(※
AMVとはアニメ・ミュージック・ビデオ。音楽MAD的なもの

アニメオタク外人さん
2000年代のカナダではYTVを始めとする多くのテレビ番組でアニメに触れる機会があった
自分は7歳~8歳の頃見ているものが「アニメ」だということを知った
それ以外で情報を集められる手段は雑誌で、Anime Invasion/Insider、Shonen Jump、Shoujo Beatがあった

2000年代半ばになるとOtaku USA、Yen Plusなんかにも手を出した
Nintendo Power、GameProはJRPGの情報を仕入れるもの

ウォルマートに30ドルくらいでDVDが売っていればラッキー
でもそれには4話しか入ってなかった
あとはADヴィジョンのDVDも売ってた

近くの町で漫画が買える場所がなかったから、最寄りの都市まで出向かなければならなかった
買いたい2冊を選ぶのに2時間かかる日々!
昔はその店に漫画の棚は大きいのが1つあるだけだった
今では3つある

自分が住んでいたのは小さな町だったから、アニメコミュニティ、アニメオタクはいなかった(知ってるのは2人だけ)
でも中学ではポケモンが流行っていたし、結局クラスの奴らは隠れオタクだった

ネットで言うとdeviantartに行く前fanfiction netに入り浸っていた思い出
それからポケモンファンサイト
ファンアートを漁る生活(当時からガチ絵師を追い求めていたというlol)

当時自分のmyanimelistには見たいアニメが50作あった
だから情報量でいえばまだまだ少なかったと思う
2013年以降は600作になった

アニメオタク外人さん
当時はどんな感じだったか?
お爺ちゃんの話は長いぞ……
素晴らしき日々について語ろう

最初に知っておくべきは、当時アニメは恐ろしく高価だったってことだ
アニメは俺のアンチドラッグだった
どうやったらヤクを買う金が残る?
例えば『あずまんが大王』は、DVD6枚で150ドルを軽く超えてた(2005年)
ただ少なくとも1巻は買えた!

あるいはまだビデオを買うことができた
最初に買ったビデオは『らんま1/2』だった
クラムシェルケースでは1巻に2話入っていて40ドルか
アニメはアンチ食料でもあった……

海賊旗を掲げて航海する選択をした人々がいたから、10年間はファンサブの黄金期だったと言える
有名作品は7,8個の翻訳グループから好きなものを選べる
この中にはプロよりも正確な翻訳者もいた

次に知っておくべきことは、すぐには見られなかったということ
2010年代の始めですら高速回線は一般的じゃなかった
自分の場合は2007年にようやく繋がった
昔は仕事に出る前にダウンロードを開始して、8~9時間かけて完了させていた
外出中に回線が切断されていても気づく術はない
初めて高速回線に触れた日、文字通り喜びに泣いた

アニメの放送が異なるフォーマットで2回に分かれていたことも言わなければならない
ある日4:3で放送されたものが数日後16:9で放送される
ブラウン管テレビはまだそこら中にあって、薄型テレビは高級品だった

アニメブロガーは貴重な存在だった
掲示板が広まる前は、コミュニティを求めていろんなブログをさまよった
今ではほとんど死滅してしまったけれど、続いているものもある
自分のブログは2005年から続いてる
こういうブログのいくつかは、「コミュニティ」と「ビジネス」両方に影響力を持っていた
結局TwitterやRedditがブロガーを駆逐したが

そして最後に、アニメは楽しかった
放送前から内容を知っている人が何百人、何千人もいる今とは違い、毎週誰も知らない物語が見られる喜び
例えばハルヒ
放送前にライトノベルを読んでいた人は一人もいなかったから、盲目的に追従した

2000年~2010年にアニメファンでいられたのは素晴らしい経験だった
現在はより簡単にアクセスできるし、昔より多くの作品がある
でもそれらは2000年代に作られた基盤に基づいている

アニメは今でも素晴らしいか?
もちろん素晴らしい
アニメや漫画にアクセスできる方法は年々増えている
まだメインストリームとは言えないが、今まで以上に一般層に受け入れられている
さて、思い上がった小僧はそろそろ退散しますかな


アニメオタク外人さん
日本外にアニメが出てくるのに放送から最大6年かかった
合法的にアニメが見られる手段はTOONAMIしかなかった
クランチロールも存在していたけれど、あの頃は海賊版サイトだった
当時俺にアニメを勧めてきた女の子はクランチロールのファンだったと思う

俺はクランチロールが正式にアニメ会社と提携した頃から見始めた
全部がいいアニメというわけではなかったけれど、幽遊白書やカウボーイビバップ、グレンラガン、コードギアスなどの傑作がいくつかあった


アニメオタク外人さん
質の悪いリンキン・パークの
AMVが大量にあったのを覚えてる
当時は
AMV人気が凄まじかったから、優れた作品を作る人も結構いた
マイナーなアニメを使った
AMVが注目されることもあったから、それがアニメ人気に火をつける要因になったと思う

同時期にハルヒブームが起こった
高校でハレ晴レユカイを踊ってる人を見たことがある
今の人が聞けば「中二病」で片付けるのかもしれないが、当時はマジで人気があった
バッカーノ!みたいな超クールな作品もあった
SHAFTが勢いをつけ始め、京アニの全盛期だったあの頃
ただし当時の俺はアニメスタジオについては全然知らなかった

2010年に近づくにつれ吹替版の質は向上していったけど、2000年代に吹替を擁護する人は皆無だった
アダルトスイムみたいな放送が吹替版の地位向上に貢献したと思う
サムライチャンプルー、名探偵コナン、フリクリなんかをやってた
この10年はアニメ、アニメコミュニティにとって急成長の時だったと感じる

アニメオタク外人さん
TOONAMIとアダルトスイムが『犬夜叉』『幽遊白書』『カウボーイビバップ』『ブルージェンダー』『フリクリ』『星方武侠アウトロースター』『トライガン』のような多くの古典を西に紹介した

アニメオタク外人さん
自分がNARUTOの熱狂的なファンだったときに見つけたこういうファンアニメが非常に人気だったのを覚えている
あとはキャラ同士の画像に文章をくっつけてオリジナルの紙芝居をやる動画もあった
何を言ってるのか分からない人はこれを見て

まぁ自分もその一員だったから知ってんだ
現代にもこういう恥ずかしいタイプのアニメファンがいることにはいると思うけれど、2000年代には再現不可能な独特な雰囲気があった
昔使ってたDeviantartアカウントを思い出して震えてるよ

アニメオタク外人さん
カナダではNARUTO、BLEACH、犬夜叉、.hack//SIGN、ガンダムSEEDが深夜アニメでやってた
朝と夕方アニメはポケモン、ドラゴンボール、スパイダーライダーズ、ゾイド、遊戯王
たまに4kids吹替版のONEPIECE
変な海賊ラップのオープニングを覚えてる
小学校ではポケモン、デジモン、遊戯王が超人気だった

YouTubeにはハレ晴レユカイのパロディやダンス動画が山程あったし、ファンサブを見つけるには最適な場所だった
アニメフォーラムでは作品テーマや最高のキャラについて長い長い議論をしていた

ファンサブ業界は巨大で多様性があり、いくつかはリリース速度優先でセリフがめっちゃ簡素になってた
いくつかはキャラごと字幕の色を変えていた
OP、ED、劇中歌は英語と日本語のアニメーション付きのカラオケになっていた


アニメオタク外人さん
ファンサブが生きていた最後の期間
無名の作品を見るのに最適だった最後の期間
みんなtorrentで生のDVDをアップロードしていた
見ようと思って日本から輸入したは良いものの、字幕がないからネットで誰かにつけてもらおうとしたんだな

そしてネットに散らばっている人々も無料で翻訳してあげようという気概が残ってたから、物凄くディープな空間になっていた
(実際人々が自分で探さなくなったことを残念に思っている。みんな公式にリリースされるものが全てだと思いこんでいる。今でも翻訳されないものが大量にある)

アニメスタジオがデジタルに移行したとき、品質が大幅に変わった
セル画からは変わったが人々は面白いことに挑戦していたし、それが見て分かった
VHS時代にあった多くのアニメクラブが死にかけていた
なぜなら一般人の総意はこういうものだったから
「オンラインでアニメが手に入るなら、誰がweebsを頼る?」

DVDブームが到来し、アニメとメインストリームが競合したかに見えた
そして多くのアメリカのライセンサーが倒産した
ジェネオンやセントラルパークメディアがそれ
コスプレブームも起こった
人々はアニメを見るよりもコスプレすることに夢中になった

吹替版の品質が若干向上した
アニメファンがスポーツ恐怖症のneckbeardからやおいを愛するコスプレファンに変わると、スポーツアニメが恩恵を受けはじめた
ゲーム原作アニメは謎の理由でウケなかった

人々は決して「萌え」を理解しなかった
2000年代より前からオタクだった人は主にSF作品のファンだったし、萌え好きはロリコンと見做されていた
今日一般的なデザインは、当時から見たら完全に常軌を逸していると思われただろう
個人的に『あずまんが大王』が分岐点になったと思う


アメリカが死にアニメ雑誌が衰退した
オンラインアニメ文化がそれを引き継いだ


10 アニメオタク外人さん
>>9
ジェネオンとADヴィジョンがあった頃を覚えてるわ
ファニメーションがこういう企業からライセンスを買ってアメリカに流通させたから救世主扱いされたんだよな


11 アニメオタク外人さん
>>10
ADヴィジョンはカノン(2006)のDVD最終巻を発売する前に死んだ
ファニメーションが引き継いだときどれだけ喜んだか分かるか?


12 アニメオタク外人さん
その期間はまさしく俺にとっての黄金期だった……
NARUTO、ONEPIECE、ガンダム、鋼の錬金術師は、深夜にコマーシャルをやってたから名前だけは知ってた

最初に見たのは犬夜叉だった
俺の部屋は妹と共同で使ってて、仕切りの端に両方の部屋から見られるようテレビが置いてあった
それぞれの部屋から犬夜叉を見て、感想を言い合った
少年にとってアニメは劇薬だった
12歳の俺は近くにあった剣型のものを掴んで構えたね

妹は当時の俺を正確に記憶している
オカンに主人公の名前が「Inuyasha」であり、口癖が「bastard」だということを力説したらしい
その頃は犬夜叉が日本製だということはまったく知らなかった
地球の裏側で放送されたものだと知った瞬間、幼い俺は感動した
脚本の一行一行を翻訳して英語で再録している人たちがいるということに感激した

高校の図書館には漫画コーナーがあった
明らかにマイナーなものも置いてあった
例えばNORA-ノラ-
ただ俺はその頃MARに夢中だった
それからDEATH NOTEに出会い、この世界から抜けられなくなった


13 アニメオタク外人さん
あの頃のYouTubeはアニメの宝庫だった
システムは厳格でなく、いくつかの作品は削除されず数ヶ月残っていた
途中抜けているエピソードもあって、探さなければならなかった
そして見つかるスペイン語字幕


14 アニメオタク外人さん
ああ、ニコニコ動画MADの黄金時代…

15 アニメオタク外人さん
正直言ってシーズンアニメ事情を除けば今と大差なかった
もし当時深夜アニメを見たことがあれば、それはファンサブを追っていたということであり、海賊版を見ていたことを意味する
確かに一部の人には熱狂的な人気があったけれど、公式にリリースされるのを待つのが一般的だった

このことはいくつかの例外を除いて、シリーズの人気が定着するのに時間がかかることを意味する
一番の例外は涼宮ハルヒの憂鬱だったと記憶している
アメリカでDVDが発売される前に人気になっていた

アダルトスイムと
TOONAMIが定期的に販売中の作品を放送してたから、わりと視聴率があった
吹替がクソだったとしても、新しい作品に出会ったり、昔見たものの再視聴ができる唯一の場だった
DVDは確かに高額だったけれど、ほとんどの場所にはレンタルビデオ屋があった

アニメ雑誌文化はこの時期に廃れた
当時あった小さいフォーラムなんかは今でもまだ続いてる

今よりもOVAが人気だったし、アニメはニッチだったけれども、
個人的にこの時期を黄金期だと思ったことはない

16 アニメオタク外人さん
ポケモンとドラゴンボールが日本製だと知った瞬間アニメに入った
高速回線は既に普及してたけれど、独立するまでは無縁だった
幸い2000年代に10代だった人はToonamiの恩恵を受けられたから、DBZ、天地無用!、星方武侠を見られた

近場にレンタルビデオ屋はあったが、シリーズが揃ってることはなくて巻が飛び飛びで置いてあった
だから最初に仕事を始めたとき、給料は全部アニメに注ぎ込まれた
でも結局財政難で星方武侠アウトロースター以外のDVDBOXを売らなければならなくなった(
星方武侠は最初に買ったアニメだから売れない

一番公開してるのはあずまんが大王のDVDを売ったことだ
お気に入りだったし、品薄で超値上がりしてる
anime-forums.comってサイトがあった(略してA4と呼ばれていた)
かなり賑わってて、2001年から2006年まで毎日見てた
ここでアニメについてのすべてを学んだ

独立してから2年間はネットに繋がなかった
最近見たアニメは『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』『物語シリーズ』『ワンパンマン』
最近の流行に追いついてきた気がするけれど、昔と比べてアニメの魔法が薄れているように感じる
90年代からアニメはどんどん進化してきて、素晴らしいアニメーション、芸術スタイルに発展したけれど、どうもしっくりこない
単なるノスタルジーかもしれないが

アニメは面白い
でもDVD1巻を買ってきて、次の巻が発売されるのが待ち遠しいと感じたあの頃の感覚はもう味わえないのかもしれない

17 アニメオタク外人さん
他の人が言っているよう、ファンサブ文化は素晴らしかった
アニメは西でリリースされるまでに時間がかかりすぎた

南米、とくに自分の国(ボリビア)にはスペイン語字幕を作る巨大なグループがあった
ネット速度は激遅で、1人で12話落とすのは不可能だったから複数人でグループを作って、1週間かけてダウンロードした
自分の担当分を共有するんだが、俺のいたグループは時間通りにダウンロードが完了した試しがなかった

見たいアニメがあったらコミュニティで「誰か持ってるか」と尋ねるのが通例
誰も持ってなかったら尋ねる範囲を広げていく
アニメイベントでは自分が持ってるアニメのリストを持っていって取引していた


当時はアニメを見るだけでも物凄く苦労したけれど、あのコミュニティの親密さは絶対に忘れない
ちなみに南米にもアニメ専門チャンネルがあった(Animaxと呼ばれていた)から、非アニメファンでも知っているアニメがいくつかあった
オリジナルのハガレンとか、GetBackersとか

カードキャプターさくらは南米で2000~2001年に放送された
俺が一番好きなアニメだ
南米で放送されたのはオリジナルの作品だから、アメリカみてえな改変版じゃねえぞ!

アニメはいろいろなチャンネルで一日中放送されていた
Cartoon Networkで放送されてるものが一番好きだった
CCさくらの後、『コレクター・ユイ』と『カレイドスター』をやっていた
あとはもう誰も覚えていないであろう作品『東京ミュウミュウ』も(本当に好きだったが、最後まで見たことはない)
NARUTOもポケモンも放送していた

Fox Kidsでは『デジモン』『とんでぶーりん』『マシュランボー』をやっていた
ニコロデオンは遊戯王を放送してた


18 アニメオタク外人さん
俺には分裂の時期に思える
今やってるアニメは全部ゴミで、トライガンや星方武侠アウトロースターの時代のほうがよかったと言っている一般人がいた(あえて一般人と呼ぶ)
彼らは2000年代からアニメを追うのをやめた

結婚して子供がいたり離婚したりしてそれどころじゃないんだな
もし君がシカゴに住んでいたら、そういう人が野球スタジアムにいるのを見ることができる
今日のアニメファンと比べて一般人な人たち

彼らはアニメコミュニティの存在しない田舎町で育った
新しいものは全部嫌いで流行りものを叩く
そして懐古厨
彼らに「なぜ新しいアニメを嫌うのか」と質問しても、論理的な答えが返ってきたことがない

2000年代からのアニメファンが多数派
ほとんどの2000年世代は「アニメーションの質」を理由に古いアニメを見ない
ディテールが増し、派手な戦闘が描かれるようになったのが2000年代
それ以前のファンは「アニメーションの質」を気にしないんだと思う

でも80~90年代にかけての川尻善昭作品を見てアニメーションの質がどんどん向上しているのを感じた
2000年のバンパイアハンターDは動かしがたい頂点だ
2016年にBD版を見て時代を先取りしているのに驚いた

俺が言いたいのは、2000年周りの作品をことさらに引用する3、40代の気持ちはこの部分にあるということだ
つまり今の作品が獣兵衛忍風帖や
バンパイアハンターDみたいじゃないから嫌ってる
探せばあるんだが、一般的なのは女子高生モノだからね

アニメを見ている子供が両親を部屋に入れられない理由と同じ
あるいは非アニメファンがアニメを嫌うのと同じ


さて、2010年代のアニメファンについて、良いところと悪いところがある
この世代は90年代ファンと似ている
何が嫌いかというと、YouTubeに「今シーズンのワーストアニメTOP5」って動画を上げたりすること
人気作だけを追おうって連中
こいつらはマーベルのファンと似ていて、自分で何が好みなのか考えられない
そしてそいつらがメイドラゴンみたいなあざといアニメに一斉に飛びつくのが嫌い

最後に一言
これがアメリカにいる最も若いアニメファン層だということを覚えておこう
彼らはまだ12歳だから、うまくいけばちゃんと育つ
そして自分たちが見ているアニメの愚かさに気づく

19 アニメオタク外人さん
2000年代は自分にとって奇妙な10年だった
アニメ、漫画に対する考え方が変わった時期でもある
90年代はインターネットが普及する前の時代だったから、アニメに関する知識はすべて地方のテレビ局が放送してるものから来た

単純に50話以上あるアニメ=良いアニメと思っていた
だからジブリ映画を別として、アニメと言えば90年代は『スラムダンク』『ドラゴンボール』『るろうに剣心』『セーラームーン』『CCさくら』などの少年アニメ、魔法少女アニメのイメージ

だから2000年代初頭にNARUTO、BLEACH、ハガレンのような作品を無意識に追っていた
エヴァンゲリオンを見て、「アニメは普段テレビでやってるようなものだけじゃないぞ」と感じ始めたけれど、地方局の検閲版だったから完全に目覚めることはなかった

2006年に涼宮ハルヒの憂鬱を見て「深夜アニメ」の存在を知った
そして13話のアニメに素晴らしい作品があることも分かった
2011年以前はまだ深夜アニメは変動の時で、ファンサービスがあるだけのゴミで溢れていた
だから基本的に2006~2011年はNARUTO、BLEACH、京アニの過去作を見ていた

2011年になり、少年アニメは終わりのないドラッグだと感じはじめて深夜アニメだけに集中した
その年に出てきたのが、まどか☆マギカ、あの花、シュタゲ
深夜アニメの質が大幅に改善されたと感じた



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