外人速報

アニメ、ゲーム、マンガ、バーチャルYouTuber、仮想通貨などに対する海外の反応をお届けします

    カテゴリ: アニメ

    NO4

    アニメオタク外人さん
    >農法を教える
    なんで異世界モノはこうなんだ?
    エジプト人は紀元前6000年から農業をしてた
    こいつらが原始人でもない限り、スマホを持ってるだけの平均的な日本人高校生よりも農業に詳しいだろ


    アニメオタク外人さん
    >農法を教える
    革新的な施肥や灌漑方法、高度な畜産学のような大規模な発展に繋がる技術は教えない

    アニメオタク外人さん
    >>2
    社会科の授業を熱心に聞いてる奴なんて皆無だった
    異世界モノのおかげで今やみんなが輪作を知ってる

    アニメオタク外人さん
    >ハーバー・ボッシュ法とシンガス精製技術を教える異世界主人公
    これが賢い高校生

    アニメオタク外人さん
    現代出身の主人公は未開の新世界に高度な技術を教えなければならない
    主人公はニート、高校生、サラリーマンなので、普段使っている最新技術の仕組みを知らない
    実際の最新技術を動作させるには数百人の手が、より高性能なものが欲しければ数千人の手が必要
    1人で作れる「すごーい」技術の多くは、古代ギリシア人やエジプト人が作ったもの
    現代技術の多くが危険な環境で作られていたり、繊細なことに対しての言及なし

    そしてこれが現代技術の知識が描かれない理由でもある
    ベストを尽くして火薬武器や有刺鉄線、鋼加工(青銅器時代)を
    専門知識を持っていればマシンガン、現代医療くらいなら教えられるだろうが、大抵の場合はチートか「はいできた」で完成
    【アニメ『百錬の覇王と聖約の戦乙女』を見て異世界モノについて考える外国人たち】の続きを読む



    アニメオタク外人さん(主)
    このエッセイはアニメ板に文章コンテンツを増やそうという試みの一環です
    自分でも書きたいという人はこちらに連絡してください
    もちろん、批判や議論はいつでもウェルカム
    内容はシリーズ全体のネタバレになっています
    動画バージョンもあります
    (※上に貼ってあります)

    ・はじめに

    筆者はこのシリーズのすべてを10点満点中10点と評価している
    この評価は多くの西尾維新ファンにとっても受け入れがたいようだ
    「偽物語はファンサービス目的で作られたものでクオリティが低い」
    「まよいヘルは明らかに説明回」
    「しのぶタイムは平凡」
    こうした多数派の意見に同意しないというだけで驚く人もいるかもしれない

    しかし、シリーズのすべてを見たうえで物語全体の構造を見渡してみると、プロット、キャラクター、視聴者に訴えかける方法に至るまで、各話がそれぞれ補完し合う関係になっていることがわかる

    この一風変わった手法によって、物語全体をどうまとめ上げているのか

    このアニメを見た人に起こる共通の現象は、回が進むごとに面白さが増していくということ
    これは、このフランチャイズが作品を場額続けるにあたって用いている手法に原因がある
    つまり情報を小出しにしたり、自己言及、すべてが明らかになったときにようやく意味がわかる要素などだ

    この作品は視聴者に対し一貫して嘘をついている
    各話のナレーターが主観によって物語るので、重要なイベントは各キャラクターで異なる意味合いを持つ
    この放任主義的(レッセフェール)な話法を採用することで、他のアニメでは味わえないユニークな体験が可能になり、真相の発見(アナグノリシス)的、あるいはアハ体験的な多くの瞬間を作り出している

    物語シリーズでは意図的に時系列を変えていたり、情報をわかりにくくしていますが、これは視聴を邪魔する意味ではなくキャラクターの性格を強調する効果がある

    このことについて重要な例を2、3挙げ、なぜ10点満点なのか説明していく

    ・気づきの喜び

    アナグノリシスというのは、キャラクターが何らかの啓示を受ける瞬間を指すギリシャ語だ
    『シャーロック・ホームズ』や『Dr.HOUSE』を思い浮かべるかもしれないが、推理モノだけを指す言葉ではない
    キャラクターは他の登場人物との関係や、自分が置かれている状況、敵について鋭い洞察をするかもしれない
    簡単に言うと、
    アナグノリシスは無知から有知への移行
    気づきの瞬間のことを言う
    もっとわかりやすい例は「ユリイカ!」

    物語シリーズはこの瞬間に満ちている
    興味深いのは、この瞬間がキャラクターと視聴者の同時に来るということ
    こういう作品を作る方法は、暗示的看過法(パラレプシス)に控えめな表現を組み合わせるなど無数のやり方がある
    パラプレシスというのは、言うつもりのない事柄をわざと強調する修辞技法で、化物語では主にこの技法が使われている

    例えば忍
    最初に登場した時、彼女は謎の雰囲気に包まれている
    戦場ヶ原は「あの子は一体なに」と尋ねる
    阿良々木は「ああ、あれは気にしなくてもいいよ。影も形もない、名前もなければ存在もない、そういう子供」と答える

    sino2

    これは好奇心を高める効果があり、俺自身も「...what?」となった
    化物語での忍は終始こういう扱いで、忍のことは気にするな、という作劇の仕方になっている
    視聴者が知っているのは「前に阿良々木と関係があったらしい」ということだけで、つばさキャットのヤマ場に向けての作りになっている

    物語シリーズに漂う陰謀の雰囲気は、こうした時系列の前後によって生み出されている
    物語を見れば見るだけ存在が不明瞭になっていく忍
    西尾維新は「傷物語から読んでもいい」と言ったそうだが、それではこの効果は得られない
    化物語を見たあとで傷物語を見ることで、忍というキャラクターを深く理解できるし、昔の姿にショックを受けるだろう

    傷物語を見ることで、我々は忍と阿良々木の重要な過去を知ることができる
    文脈がはっきりし、彼女の行動原理がわかるようになる
    忍は阿良々木を人間にしてやれなかったことに憤り、阿良々木の行動により共に苦しむ結果になった
    それでもなお忍は感謝の気持ちを忘れておらず、それが過剰なまでの防護に繋がっている

    傷物語をシリーズの導入として見てしまうと、忍の裏にある謎やニュアンスが分かってしまう
    彼らがどこに位置しているのか考える機会を失ってしまう
    ある意味これは「have its cake and eat it too(※ケーキを持っても食べてもいい。諺にケーキを食べたら持っていることはできないというものがある。矛盾したことを同時に行うのは無理だという意味)」という面白いメタ要素で、視聴者にメディアの見方と
    アナグノリシスの価値を教えているのかもしれない

    作中の年表は1度だけの舞台装置として使われるのではなく、イベントの重要性を高める要素として常に効果を発揮している
    簡単に言えば、物語にとって重要な出来事だろうと、キャラクタが実際に言ったことだろうと額面通りに受け取ってはならない

    貝木泥舟はひたぎエンドのラストで死ぬ
    撫子は忍と話すまでは単なる放置された萌えキャラだった
    忍はつばさキャットまで何の関係もなかった
    真宵はまよいキョンシーまでコメディパート専用キャラだと思われていた


    そして視聴者と阿良々木は同時に
    アナグノリシスの大洪水に巻き込まれるので、主人公とシンクロしたような奇妙な感覚に陥る
    要するに「俺(阿良々木)は彼女たちにとってそんなに重要なのか?」

    ここまで紹介してきたアナグノリシス以外にも、時系列順に見ていたら気づけないものもある
    最初に傷物語を見ることに賛成する議論がある
    そうでなければ羽川が不利だという論だ
    逆に自分は放送順で見るからこそ成長がはっきり感じられると信じている
    化物語では博識キャラとして型にはめられているが、心の中に秘密も抱えている

    この時点で視聴者は不安定な羽川翼を見ることになる
    彼女は「知っていることだけを知っている」と言う良い子ぶったクラス委員長であり、ストレスの擬人化であるブラック羽川でもあるが、化物語だけを見ている視聴者はこの二項対立を完全には理解できない

    化物語のあとに傷物語を見ることで、羽川翼という人格のもう半分を知ることができる
    彼女の本音や阿良々木に崇拝されている理由もわかる

    偽物語は阿良々木の正義感に焦点を当てているが、トラブルのひとつは羽川の失敗が原因になっている
    そこで我々は彼女の欠点に気づき、その後猫物語(黒)、つばさタイガーと見ていくことで不快な側面を知ることになる
    放送順で見るからこそ羽川の両極端な部分をバランスよく見られ、最終的につばさファミリーを見て安堵できるのだ

    時系列順に傷物語から猫物語(黒)に見るというのは、このエッセイの「はじめに」を読まないのと同じ
    スレッドの前提を見逃すということ

    メタ的視点に戻ると、この構造こそが羽川翼の本質を知るための道だと思うし、それでこそ阿良々木が感じたのと同じ不快感を抱けると思う
    このシリーズは大半の部分が彼の視点から語られることを考えても、なるべく彼と感覚を共有したほうが楽しめる

    ara2

    ・決定的証拠

    ここで言っていることは基本的に、物語シリーズの面白さは徐々に情報が明らかになっていくところにあるということ
    猫物語(黒)は化物語の焼き増しだとしばしば批判されているが、当時は映画が見られなかったことを忘れている
    俺はこの繰り返しこそが羽川の不快な問題を強調していると思う
    それに猫物語(黒)の価値は傷物語が公開されたことで増した
    こういうパターンはシリーズ全体を通してよくあることだ

    例えば猫物語(黒)では、さかのぼって前後関係が補完されたことで良くなった
    他の場合は文脈自体を追加しただけで良くなった例もある
    さて、良いか悪いかに関わらず、ここで偽物語を例に挙げることで
    「偽物語はファンサービス目的で作られたものでクオリティが低い」への反論にしたいと思う

    このシリーズが「正義と偽善」をテーマにしていることが端的に示されてる部分だと思う
    そしてファンサービス自体が主題になった瞬間、それはファンサービスではなくなるというのが俺の思想


    個人的な解釈を言うと、いろいろ言われていようが偽物語はそういうのを超えた何かを表してると信じてる
    伏線と設定に関する何かを


    「チェーホフの銃」の発案者アントン・チェーホフはこの概念を守り「ストーリーに関係のないものはすべて消す」と言った

    「最初の章で壁にライフルがかかっていたら、2章か3章で使われなければならない、使われないのならかかっているべきではない」と

    西尾維新はこんな制限を気にせず物語全部をチェーホフの銃にしたり、ミスリード用にしたりする
    偽物語にはいくつかの「銃」も出てくる
    ・撫子が阿良々木を誘惑する(なでこメドゥーサで発砲)
    ・真宵が消える(しのぶタイムで発砲)
    ・戦場ヶ原と貝木のほのめかし(ひたぎエンドで発砲)
    ・阿良々木自身への問いかけでもあったファイヤーシスターズの偽物の正義(そだちロストで発砲)

    しかしなんといっても一番重要なのは忍の風呂シーンだろう
    偽物語4話の半分以上の時間を使って描かれた風呂シーン
    ここでの会話はシリーズの後半にまで影響を残している
    この回から物語シリーズを見た人ですら重要だとわかる会話だ

    これは視聴者にとってはじめて生の忍を見る瞬間であり、簡単な会話から阿良々木との関係に至るまで多くの情報が明らかになる
    改めて見返してみると、このシーンが物語シリーズの過去、現在、未来すべてに関係していることに気づく

    傷物語と照らし合わせれば、過去に起こった出来事、阿良々木の過ちを思い出させる
    現在と照らし合わせるなら、阿良々木はそのとき必要だった知識を得、火憐の苦しみを和らげることができた
    最後に世界全体と照らし合わせると、このエピソードは二人の関係のマイルストーンになってる
    古い言葉で言うなら「どこに行ったか知るまではどこに行くのかわからない」だ


    このシーンでは彼らの関係性が描かれている
    彼らはその関係を受け入れている
    言い訳は無用だと
    阿良々木が忍を殺さない限り許しはない
    この地点を基準とすることで、忍の感情がどれだけ近づいたかがはっきりわかる
    しのぶメイルを見よ

    阿良々木はおうぎダークで偽で出てきた感情と再び対峙して忍との契約を続行する

    つまり何が言いたいかというと、偽物語は重要だったということだ
    それ自体で優れていることは当然だが、他のシリーズより興味深いテーマがあり、影響も広く複雑なキャラクターが描かれている
    全体を通してみるとさらに価値が増し、どれだけ必要なエピソードだったか気づき始める
    必要性に答えているだけではなく、その中でいかに輝いているか評価せざるを得なくなる

    さらに偽物語で描かれた阿良々木の吸血鬼性は憑物語への伏線になっている

    憑物語も批判されているが、これも必要悪として見るべき
    舞台設定の中から出てくる細々とした情報は、阿良々木の不安と疑問、チェーホフの銃の引き金を引く手折正弦、終物語シーズン2を予期していた斧乃木余接

    onono

    ・The Complete Package

    「全体を通して価値が増す」とはどういう意味か?
    一番簡単な例はバーバーショップ・カルテット
    単独の音色も美しいが、一斉に歌い声を重ねることで「ゴースト」の音色が現れる
    その結果個々の誰よりも美しい声になる

    ここまで評価してきたのは物語シリーズがいかに折り重なっているかであって、肝心のアニメ部分を無視してしまった
    物語シリーズが「
    全体を通して価値が増す」ものであることを説明するために、リヒャルト・ワーグナーの「gesamtkunstwerk(※総合芸術)」を使おうと思う
    ワーグナーはドイツの作曲家、オペラ作家だ
    オペラと聞いてほとんどの人が思い出すのはあの独特の歌唱法で、他の芸術形式とは無関係だと思うだろう
    ワーグナーは違う

    ウェズリアン大学のSophia Dumaineはgesamtkunstwerkの概念を要約して、ワーグナーの理論は「音楽、ビジュアルアート、ドラマ、あらゆる形式が全部が入っているものが一番優れている」というものだと言った
    さすがに物語シリーズをワーグナーと比較するのはどうかと思うが、gesamtkunstwerkには含まれると思う

    オペラがリブレット(台本)以上のものであるよう、アニメはプロット以上のものだ
    実際まよいヘルは解説が多い
    八九寺に興味がない人にとっては退屈だろう
    だが待ってくれ
    美しいじゃないか

    まよいヘルは打ちのめされた阿良々木が真宵の力で蘇る話であり、今まで彼がしてきた旅が反映されてる
    見て分かる通りここで使われてる技法は過去のシーンを思い起こさせるもの
    もちろん、ED以外の部分でウエダハジメの素晴らしい芸術が使われたはじめてのシーンだった

    ED

    これは物語シリーズにとっては特別なものではない
    シャフトは常に新しいスタイルに挑戦していた
    しのぶメイルにはキスショットの過去について長い長い回想があるが、紺野大樹の美しい絵巻で表現している
    傷物語にはこれまで作られたアニメの中で最も印象的なビジュアルが含まれている
    ついにアニメはライトノベルを読むだけでは得られない体験ができる媒体になった


    物語シリーズの優れたディテールは本編以外の部分にも現れている
    このTOP OPリストを見ると物語シリーズのものが複数入っている
    このアニメではテーマになっているキャラの特徴をOPに組み込んでいる
    とくに恋愛サーキュレーションはミームとして大人気になった(良い理由で)
    だが個人的にはもうそうえくすぷれすと一緒に聴くことが最大限の表敬だと思う


    なぜなら恋愛サーキュレーションが撫子の無邪気な側面を表している一方で、もうそうえくすぷれすでは教育の失敗、メドゥーサでの結末を暗示しているからだ
    物語シリーズのOPでどれが「ベスト」なのか議論になる時点で、シャフトが心血注いで作り上げた傑作だということがわかる

    ・結論

    進化生物学者のテオドシウス・ドブジャンスキーは「進化の光を考えない生物学は意味がない」と言った
    俺にとっての物語シリーズは全体の光を考えなかったら意味がない
    セカンドシーズンが満点なら傷物語、猫物語(黒)、化物語、偽物語を無視できない
    OPの出来も無視できない
    信じないなら白金ディスコとBird of Deathを聴き比べるといい
    staple stapleとSenjougahara Toreを
    帰り道とParting Gift、happy biteを聴け

    暦物語をスキップしてはならない
    繋ぎじゃない
    実際、繋ぎじゃない

    物語シリーズは全体を通して見るべき作品であり、別々に分解して評価を下すことはできない
    このアニメは我々にパーツを渡してくれる
    パズルのピースが箱にはまるのか一緒に確かめよう

    それには箱が必要だ

    終物語セカンドシーズンが終わったにも関わらず、謎が残された
    忍野を探す旅に出た羽川に何が起こったのか?
    阿良々木はどうして花物語であんなだったのか?
    なぜそこまで老倉育を気にかけるのか?


    もう疲れたから適当になってるよ
    でも最後の質問の答えは思ったより早く来そうだ
    老倉育は続・終物語のポスターの子
    やっぱり物語シリーズは俺にとってのgesamtkunstwerkだわ
    そしてここまで読んでくれた人にはその意味が伝わっていてほしい


    参考文献(※一部)

    Gesamtkunstwek - Wikipedia

    Ringing Chords - Wikipedia

    Synthesis of the Arts in the Romantic Period: European Painting, Poetry, Music

    Wagner’s Art and Revolution

    Wagner’s The Art-Work of the Future

    Richard Wagner's Concept of the 'Gesamtkunstwek': Interlude.h


    アニメオタク外人さん
    みんなは有名なシーンがある化物語12話がお気に入りだって言うが、自分はこの場面が好きだ
    当時は無意味だった発言が終物語で意味を持った
    (※もともと得意だった数学もいつもより点数が伸びた)
    bake

    偽物語はファンサービス目的で作られたものでクオリティが低い
    まぁ、間違ってはいない
    偽物語も面白いかもしれない
    しかしシリーズにある他の話よりも面白いと言うのは難しい
    確かに伏線があったりして興味深いけど、あまりに多すぎて一見無意味に思える

    ファンサービスが少なかったらもっと評価されていた
    ファンサービスが悪いと言っているわけじゃない
    あったほうが良くなる話もあれば、ないほうがいい話もある
    俺は猫物語(黒)が好きで、批判されてる理由はまったく分からない
    翼は素晴らしい


    全体的な部分では筆者の意見に同意
    物語シリーズの良いところはいろいろな要素がブレンドされて欠点のないアニメになっていることだ
    映像技法、サウンドトラック、ストーリー、声優、一部は目立っていても全体はちぐはぐだという印象のアニメは多い
    これが物語シリーズでは共存していて、視聴者の体験を良質なものにしてる
    自分がこのアニメを愛している理由が再確認できた(傷物語、化物語、セカンドシーズン、終物語1に10点をつけてる)
    続・終物語まで待てないからもう一度見直す


    アニメオタク外人さん(主)
    >>2
    自分は偽物語で描かれるセクシュアリティの探求を敬愛してる
    誰でも気がつく一番性的なシーンは忍の風呂で、あの悪名高い歯ブラシと撫子のシーン(性的なことはしていないのにエッチな)との対比になってる

    服を来ていないとか、胸が大きいとかいう要素ではなく、セクシュアリティには文脈が重要なんだということを描いてる
    だから俺にとってファンサービスのない偽物語は評価が下がる
    憑物語を擁護するほうが難しいな

    このシリーズを見て一番心に残るであろう化物語と比較して、偽物語で雰囲気が変わったってことには同意
    火憐の話に7話使ってるのに驚いた
    後々になって貝木を印象づけるのに必要な話数だったとわかった

    アニメオタク外人さん
    >偽や憑でさえ
    この偽物語と憑物語が劣ってるって考え方嫌い
    両方ともシリーズにとって重要な出来事を扱ってるし、物語が大きく展開しキャラクターにも深みが生まれてる

    かれんビーとつきひフェニックスはシリーズの中でお気に入りTOP2に入るわ
    憑物語を入れるとTO3が埋まる
    かれんビーの入浴シーンは、後に起こる大きな事件のチラ見せになってる
    化物語以降初のダークな色調を持った話でもある

    阿良々木が未だに吸血鬼性を残していて、愛する者が皆死に絶えても忍とともに生きていくであろうことが明らかになる
    この情報はデカい
    明確に「阿良々木暦は人間ではない」と示された初のシーンだからだ
    俺らが知ってたのは彼が普通の生活に戻ろうとしてたってこと
    でも実際は人間じゃなかった
    忍野は嘘をついていたor誤解させた

    つきひフェニックスでの影縫余弦と阿良々木の会話は重要だ
    偽物についての話
    彼女は忍野と貝木を知っていた
    そして忍野と同じように阿良々木を人間扱いしていた
    言うまでもなく、忍がキスショット化する最初の章でもある

    憑物語のよつぎドール
    これは素晴らしい
    この章にどれだけ感動したことか

    憑物語は阿良々木と忍の関係が変わる話だ
    吸血鬼化を止める方法がないことが彼に伝えられる
    もし本物の吸血鬼になってしまったら、影縫と斧乃木は彼を殺さなければならない
    何度も何度も吸血鬼の力に頼っていると最終的には友人すら手にかけるはめになる
    力を使うな、と影縫は忠告する

    しかし阿良々木はいざそのときになれば問答無用で力を使う
    この時点で彼が怪異にどう対処するかが決まる
    シリーズの中で最大のイベントのひとつだ

    だからこの章が「劣っている」と言ってる奴は知らん
    あと「後々補完される」とか「全体を通して」とかも気に入らん
    なぜならこの話は他のどの部分より重要だからだ

    「物語シリーズは好きだけど偽物語と憑物語はよくない」と言ってる奴はなんでこのアニメが好きなのか考え直したほうがいい
    そしてなぜこのふたつが重要なのか考えろ
    主要人物の話はすべて偽で始まってる
    歯車が動き始め大きな物語が動き出すのも偽からだ
    つまり偽が気に入らんということは全部気に入らんということ

    これが憑と偽が劣ってると言ってる人に対する俺の考え
    動画を見終わる前に書いちまったね

    そうだ、一番好きなOPは八九寺の帰り道
    映っている人物は全員八九寺だ
    これは10年間一人きりでいた彼女の心境を表してると思う
    驚くほど的を射た表現だ


    アニメオタク外人さん
    全部が満点だとは思わんが全部を見た後面白さが増すってのは同意
    面白い分析だった
    【外国人「物語シリーズは全部が満点、偽物語と憑物語でさえ満点」】の続きを読む

    PSYCHO-PASS

    アニメオタク外人さん
    PSYCHO-PASSを見直して懐かしいと感じる奴いる?

    アニメオタク外人さん
    狡噛の映画っていつだっけ?

    アニメオタク外人さん
    1期はよかったんだけどね
    1期だけなら脳内友達にも勧められる


    アニメオタク外人さん
    >>3
    2期は重罪ものだったな


    アニメオタク外人さん
    >>4
    いや同意できない

    【外国人「PSYCHO-PASSを見直したらノスタルジックな気分になった」】の続きを読む

    uta

    アニメオタク外人さん
    OK、最初に質問の意図を明確にしたいと思う
    非オタクや一般人、大部分の人たちにとって、エッチ、ハーレム、ファンサービスアニメはどういうふうに受け取られているのか?

    つまりこれらのアニメ(に限らずゲーム、漫画でも)が日本国外にある場合、多くの人が「性差別」「ポルノ」「女叩き(これを指す正しい言葉が思い出せない。小児性愛や性虐待を「助長」する「未成年の」女性が出てくるアニメを叩くメディアが言ってること)」と判断する

    一方で日本はどう?
    日本のメディアやジャーナリストは過激なファンサービスや不要なファンサービスについて何か言ってる?
    日本の女性たちはこの種のアニメを観て不安を感じたりする?
    もちろんファンサービスのない良いアニメがあるのは知ってる


    アニメオタク外人さん
    面白い質問だね
    短い答えは「複雑」

    回答は2つに分ける必要がある
    この議論を進めるにあたって重要なポイントは「日本人を1つにまとめるべきではない」ということ
    異なる意見がたくさんある

    最初に理解しなければならないのは、いわゆる「オタク」や大半のアニメは非常にニッチな存在であるということ
    日本社会のはみ出し者
    事実「オタク」という語は80年代~90年代はじめにかけて、宮崎勤をめぐる報道の中で犯罪者や人非人といった否定的な意味合いで使われていた

    現在は多少マシになった(実際「クールジャパン」戦略ではアニメなどのオタクカルチャーを推進している)とはいえ、依然としてメインストリームにはなっていない
    よってアニメは今でもニッチだが、漫画は幅広く受け入れられている
    理由はオタク、子供、サラリーマン向けなどいろいろなジャンルがあるから

    大半の読者はオタク向け漫画を呼んでいない
    同時に少年ジャンプのような広く流通している漫画雑誌にはいろいろな層をターゲットにした漫画が共存してる

    文脈をはっきりさせるために、オタク文化が生まれた1980年代に戻ってみよう
    アニメや漫画には「ロリコンブーム」と呼ばれる時期がある
    現在の語義と比較して、この頃の「ロリコン」には様々な意味があった
    この頃発行されていたロリコン雑誌『漫画ブリッコ』に寄稿した中森明夫によって新語「オタク」が広まった


    しかし翻訳者のマット・アルトが指摘しているよう、
    中森や江冶ソン太はジャンルの悪趣味性を語りこそすれ、ロリコン自体の価値観や道徳観を疑いはしない
    「彼らは超えてはいけないラインをわきまえている。ロリコンがいけないことだと知りながら甘んじてそれを楽しんでいる。社会的立場に恵まれていない人は過度に求める傾向がある」

    彼が批判している態度を見ると、80年代当時は性的、暴力的なコンテンツが今以上にメインストリーム寄りだったことが分かる

    現代に近づくにつれ、性的なコンテンツを規制しようという試みが増えた
    一例は「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正
    「非実在青少年を守る」という名目で推し進めようとするも、大きな反発があり「非実在青少年」の部分が削除された

    でもこれは結局通過して今の漫画、アニメ規制の基準になってる
    採決される前に作られた漫画(蜜室)ですら規制対象になり漫画家は罰金をくらった
    罰金を恐れる書店は多くのエッチな漫画を自主規制することになる

    経緯はどうあれ今でも多くの日本人たちはファンサービスやエッチな漫画に無関心だと思う
    確かに口やかましい奴が何人かいるが、セクシュアリティの描写に寛容なメディアであり、アメリカのようにセクシュアリティを描くのがタブーという文化もない

    性的なアニメや漫画に対する大きなニュースはこれまでになかったと感じる
    2020年の東京オリンピックでは大量の外国メディアが日本に押し寄せる

    外国人メディアは国際的な炎上を誘発させようとしてアキバに行くか?
    わざとロリコン同人誌を報道するか?
    オタクの「良質な部分」のみをアピールしたい日本政府の圧力によって検閲が厳しくなるか?
    調べる必要がある

    アニメオタク外人さん
    >>2
    外国人メディアは国際的な炎上を誘発させようとしてアキバに行くか?
    カタールでワールドカップあるじゃん
    あれ奴隷労働させてるけど炎上してない

    ブラジルのオリンピックも無問題だった
    文字通り腐敗の温床だったのに
    オリンピックに向けてリニア作るつって2億7000万USDが闇に消えても誰も取り上げなかったろ
    国際社会が気にしたのはプールに過酸化水素が入ってたから緑色になっちゃったよってことだけ
    ちとメディアを過大評価しすぎ

    アニメオタク外人さん
    >>3
    彼らが取り上げるのは「問題にしたら面白くなりそうなこと」だから
    奴隷と汚職――つまらん
    フィクションのポルノ――これは大問題だ!(即答)
    オタク社会とオリンピックに向けてのクールジャパン戦略には確かに軋轢があるね

    アニメオタク外人さん
    その国に人が行かなくなるような問題を引っ掻き回すことはしないと思う
    比較的どうでもいいような問題を取り上げる傾向がある
    プールが緑色になったとしても観光客にはどうでもいい
    汚職や腐敗はヤバイ

    リオは世界で最も危険な都市のひとつだけど、観光客はそんなこと気にしなかったし、メディアも無関心だった
    ワールドカップに際して起こった暴力問題を取り上げたメディアも皆無
    たとえアキバを攻撃しても、みんな世界で最も危険な都市にすら行ったんだから、それほど影響があるとは思えない

    要するにオリンピックの報道をするメディアは、オリンピックに行かなくなるような報道はしない
    内容を安全、陳腐、単純なものにする
    毒殺が騒がれてたのにみんなロシアのワールドカップを見に行ったんだ
    カタールにも行くだろう

    【アニメって日本の非オタク、一般人(とくに女性)にどう思われてるの?】の続きを読む

    se2

    アニメオタク外人さん(主)
    ※原題:西洋基準では優れていてもアニメコミュニティには賞賛されないアニメってある?

    母親がヴァイオレット・エヴァーガーデンを見ているのを眺めていて思った
    母はアニメファンじゃない
    普通の人と同じで、ポケモン+大きな目+DBZみたいなものだと考えてる

    何が言いたいのかというと、VEGは西洋の視聴者に親しみやすい
    母に四月は君の嘘を見せてみたときは、1話で脱落してた
    VEGは西洋の基準に合う形で特化していて、例えば舞台が日本ではないという設定の時点で大きな利点がある
    つまり学校の行事などの事前知識がいらない
    テレビドラマを見るのと同じ感覚で話に入っていける

    2つ目の理由は京アニのクオリティ
    母が言っていたよう「映画レベル」だ

    アニメコミュニティに賞賛されないというのは、これはもちろん口やかましい人たちの意見だ
    でも言いたいことはなんとなく分かるようになった
    アニメコミュニティの人たちは、普通の人が気にしない評価基準を持ってる(宣伝、展開など)
    とはいえ普通の人もまったく気にしないというわけではなく、ちょうど西洋作品を見るのと同じ感覚でアニメを見てる(自分がVEGを見たときの感覚と一緒)


    スレタイを詳しく説明させてもらうと、要するにアニメの知識がなくても西洋の作品を見ているかのように楽しめる作品があるのではないかってこと

    要約:
    今まで会った中で最もアニメを知らない人を想像してください
    どんなアニメなら彼らも楽しめますか?

    (※スレ主はこの人です)

    外国人「アニメ新参者の自分がオタクコミュニティを観察して気づいたこと」

    アニメには誰もが観るべきポジティブなメッセージを含んだ作品がある?

    アニメオタク外人さん
    タイトルがややこしいし投稿の内容と違う
    スレ主が話してるのはアニメ視聴者以外でも楽しめるアニメね
    基準というのは「比較における指標、考え方、規範、または基準となるモデル」のこと


    そのタイトルだとアニメファン以外が楽しめるアニメではなく、アニメコミュニティが西洋の標準よりも高い基準を持ってるという意味になる
    正しいタイトルは「どのアニメが西洋で評価され、アニメコミュニティからは敬遠されるの?」

    答え:無価値なもの

    アニメオタク外人さん(主)
    >>2
    質問が明確になったね
    実際そう言いたかった

    アニメオタク外人さん
    THE ビッグオーがそうか
    日本ではあまり人気がなかったが、アメリカで人気になりアダルトスイム、カートゥーン ネットワークで2期が作られた


    アニメオタク外人さん
    渡辺信一郎が言ってることがすべて
    カウボーイビバップは非常に不明瞭な作品だから、それが西洋人にとってのゲートウェイアニメになるとは思わなかった

    これは日本では人気がなかったという意味ではないが、西洋のウケ方とは違っていた

    西洋人は日本人とは違うものを期待してアニメを見ていると思う
    渡辺は西洋人を魅了した典型的な例だが、毎度成功するというわけじゃない
    確かに今では西洋のオタクコミュニティが大規模化して、幅広いタイプのストーリーを理解できるようになった
    いろんなジャンルに精通してる人が出てきた

    しかし今でも文化的な違いが数多くある
    洋ドラにあるようなキャラ設定、展開の仕方、雰囲気の一貫性、完結の仕方、特定の場面でのどんでん返し、話ごとの引きなど我々が独自に設定してる物語のルール

    こういうタイプに慣れてる人にオススメできるアニメはいつも同じになる
    DEATH NOTE、鋼の錬金術師、リゼロ、
    カウボーイビバップ、サムライチャンプルー、グレンラガンなど
    これらの作品を見ておけば他のアニメを見るにあたっての基本が身につく
    ギャグ場面でのデフォルメ顔、変わったコメディ、一般的な奇妙さを受け入れやすくなる
    【アニメを見たことがない西洋人にオススメできるアニメってどういう基準の作品?】の続きを読む

    このページのトップヘ