外人速報

アニメ、ゲーム、マンガ、バーチャルYouTuber、仮想通貨などに対する海外の反応をお届けします

    タグ:哲学


    アニメオタク外人さん
    ネットサーフィンしたらこんなものを見つけた
    まどか☆マギカは「脱構築」だと主張する海外のアニメファンを笑う日本のアニメファン
    とくに言うことはないが……yeah……yeah我々は笑われるに値する

    アニメオタク外人さん
    >>1
    なぜ?

    アニメオタク外人さん
    >>2
    最初のコメントを引用
    こういう新参者は自分の知識がないのを隠すために「脱構築」だの何だのと語って玄人ぶるんだよ
    (※発言自体は4chan民のものです)

    アニメオタク外人さん
    これは西洋ファンコミュニティを代表した考察ではないが
    単に翻訳しているだけ?

    アニメオタク外人さん
    というのも、西洋と日本のファンコミュニティを「笑う」という目的で分断するのは生産的ではないと思うからだ
    とくに問題のブログでは「外国人」に対して敵意があり、会話の要点だけを書き出している場合はなおさらそうだ

    【まどか☆マギカを脱構築アニメだと言ってる外国人が日本人に笑われてる。外人速報はゴミ】の続きを読む



    アニメオタク外人さん
    エボシ御前は間違っている
    それでも我々は彼女のことを知りたいと思う

    アニメーション映画の登場人物は、良い人間であればあるほど関心を集める
    映画の悪役にはたいてい同情的なバックストーリーがあり、それを見た我々は彼らを良い人間だと思ってしまう
    その悪役が何か悪いことをすると、それまでの感情移入がすべて無効化される


    しかし宮崎アニメでは複雑な感情が入り混じっていて悪人と善人両方に感情移入できる
    映画『もののけ姫』は憎しみについての話だ

    我々はアシタカの視点を通していろいろな対立を目にする
    森に足を踏み入れ、その美しさに感動し、シシ神様に畏敬の念を抱く
    サンと打ち解けたあとは、猩々、イノシシ、山犬の関係性を知る
    アシタカはモロの信頼を得、人間に荒らされた被害を見る
    伐採された木、死んだ神々、そして自分自身の人間性を嫌悪し、すべての人間を殺したがっている山犬の女の子

    一方タタラ場ではエボシの作った立派なコミュニティ、売られているところを救われた女性、ハンセン病患者などを見る
    彼らは自分の仕事に誇りを持っている
    エボシをどれだけ尊敬しているか、戦いに対する覚悟があるかをここで知り、エボシがいなければ絶望的な状況だっただろうことを漠然と理解する
    山犬の襲撃で愛する者を失った人たちを見、彼女らと一緒に死を弔う

    タタラ場と森の戦いに悪役はいない
    エボシは森を切って製鉄所の燃料にし、人々の生活を豊かにしている
    サンは森を枯らさせないためにエボシを殺そうとする
    誰もが自分の愛するものを守ろうとしている
    みんな自分の世界の価値観で「善」を行っている
    愛するものを奪われた経験のある彼らは、何かを憎まずにはいられない状況に陥っている
    誰もが何かしらの罪を背負っている

    アシタカはこれを理解し、曇りなき眼でこれを見ようとする
    だが彼はどちら側につくか選ぶことになる


    ・エボシは間違っているから

    仮に血で血を洗う争いがなかったとしたら?
    エボシが森に入らなければサンに憎まれることもなかった
    山犬は攻撃してこないだろう、サンも街を襲撃せず、死者もいなかっただろう

    サンが攻撃しないという選択肢もある
    その場合エボシが森を伐採し続け、土地は枯れ、空気は汚れ、森は死ぬだろう
    森林伐採は「憎しみ」でやっているわけではないが、とにかく森は死ぬ

    アシタカが望んでいるのは平和だ
    タタラ場と森が対立せず生きていける道を探している
    必然的に森に味方するしかない
    自然が死ぬと人間と森両方が不幸になるので、彼はシシ神を討とうとするエボシを止める

    同時にタタラ場も守ろうとし、できることすべてをやる
    そして街の人がエボシに従うのををやめさせようとはしない
    しかしエボシを気にかけることは、彼女を自由にさせておくという意味ではない

    アニメ映画では同意と共感を同じ意味で扱う傾向がある
    つまり「それは間違いだ」という意見は「君のことが好きじゃない」と同じ意味になる
    誰かを裁く瞬間は貶すのと同じ
    対立している両側に共感するのであれば、それは全員が正しい、間違っている人は皆無だということを意味し、すべてが主観的、すべての戦いは単なるコミュニケーション不足が原因になる


    もしエボシとサンが座って会話をしたらどうだろう
    争いの原因が単なる行き違いではないことがわかる
    ひとつの意見は「森には存続させる価値がある」ということ
    もうひとつが「森に価値はないから消えてもいい」ということ

    この違いに間はない
    中立の意見は存在しない

    エボシは間違っていた
    一度失えば取り返しがつかなくなるようなものを否定してはならない
    しかしほとんどの悪い意見は善人に支持されている
    彼らに慈しみの感情を学ばせ、伐採を止めなければならなかった
    (※アシタカが止めなければならなかったという意味)

    エボシにこう言うことができた
    「あなたはサンの家を襲い、母親を撃った。だから彼女はこの争いの責任はあなたにあると言っている」

    エボシはこう答えるかもしれない
    「私にも同じことが言える。サンは私の家を襲い、部下を殺した。この争いの原因は彼女にある。彼女は私に責任があると言う。誰が正しいのか?」

    まぁ、その通りだ
    他の動画のコメントからこれを持ってきたい

    ダグラス・アダムズは言った
    「私の見解では月は岩でできている。
    しかし誰かがこう言う
    “あなたは月に行ったことがありませんよね? だから月はノルウェー産ビーバーチーズでできているという私の見解も有効です”
    この議論すらできない」

    真実は意見の影響を受けない
    森は問題か否か
    我々が介入しなければ森は死ぬ

    (※我々というのはアシタカと視聴者のこと)

    道徳はいくつかの事実に頼っていると信じられている
    生命には価値がある
    だから冷酷な殺人は間違っている
    痛みや苦しみは和らげられなければならない

    人を殺さないということに同意するならば、他人からも殺されない
    これが殺人は客観的に悪だという実用的な事実に繋がる
    我々の道徳は環境の産物であって、我々の需要と信義は正しいと思うものに影響を与えている


    明らかにエボシは森はいくらでも消費していいと信じている
    信じる必要があるから信じている
    彼女の生活と幸福、コミュニティ全体は森を消費することに依存しているから、森林伐採は道徳的な行いである
    それでも正しいか間違っているかの違いが残る

    もし本心から信じていないのなら、エボシの信じていることは道徳ではない
    単なる功利主義と部族主義だ

    これが本当かどうか確かめる術はない
    おそらくジコ坊が言っているように「人はいずれ死ぬ、遅いか早いかだけだ」なのかもしれない
    すべての偏見をなくしたら、客観的事実なんてものはないとわかる
    結局道徳は部族主義に過ぎず、規模が大きいだけの利己主義だ
    正しいかどうかは知らん
    でも間違ってるなら世界はもっといい場所になってるはずだ


    ・だから立ち位置を選ぶ

    アシタカは森を選ぶ
    エボシが間違っているから
    しかし彼は憎まない
    この争いの原因は憎しみではない

    すべての登場人物のうち一番憎しみが少ないのはジコ坊だろう
    彼は利己的で勘定高いだけだ
    そして最も悪役的でもある


    恨みを抑えるだけではこの問題は解決しないけれど、憎しみを捨てることで何が必要なのか見えてくる
    エボシは死ななくてもいい
    彼女は救われるべきだ

    何を言っても彼女は反論してくるだろうし、恩着せがましいと言ってくるかもしれない
    それでも「自分のほうがよく分かってる」と言うべきだ

    エボシはそれを憎しみだと捉えるかもしれない
    「アシタカ、なぜ私を憎む? この映画の3分の1もの時間を使って優しくしたのに。家にも連れて行った、食べ物もあげた、身内だと思っていた。なぜ味方してくれなかった?」


    何を言っても憎まれてると思うかもしれない
    でもそうじゃない
    アシタカは正しいことをしているだけだ

    ・最後に

    俺はこの教訓を『もののけ姫』から学んだか?
    わからん
    最初に見たのが何歳だったか覚えてない
    高校のときか、もっと早かったかもしれない


    いつ思いついたのかもわからない
    おそらく常に考えてた
    俺には問題のすべての面を考える癖がある
    誰かが何かを非難していたとしても、そいつが悪役とは限らない

    その手の共感はその人物を説明するものではない
    あらゆる視点で物事を考えると、見ていて混乱せずに済むよ

    困難な作業でもあるが
    自分自身にある偏見や今までに見聞きしてきたことを一旦忘れて、何が正しいか考える
    そんなことが可能なのか?
    傲慢じゃないのか?
    もし間違っていたら?
    結局何を知ることができる?

    それ自体が闘争でもある
    やってみなければわからない


    アニメオタク外人さん
    でもエボシ様が止められたら人が死ぬ
    木を切ることで人間社会が成り立ってるから
    人間社会より森林のほうが重要だというのは、自然の脅威を強要するのと同じで、定期的に死者が出て人口が制限される

    人口に対し食料が少なくなるとどうなる?
    狩りを始める
    エボシ様がいなくなるとタタラ場は無秩序になる
    両者は生存をかけて戦っている
    タタラ場より森が重要なのはなぜ?

    別の言い方をするなら、エボシ様が間違っているからといってサンが正しいということにはならない

    アニメオタク外人さん(主)
    >>2
    「人類が生き延びる唯一の方法は、すべての木を伐採することである」というのは健全な状態じゃない


    アニメオタク外人さん
    タタラ場を運営することで住人の貧困を解消させる
    女たちを買い取り、ハンセン病患者を絶望から救う
    しかし森は気にしない
    なぜなら森は女たちやハンセン病患者にとってはどうでもいいから

    エボシがタタラ場と同じくらい森を良くできるとは限らない

    アニメオタク外人さん
    5分48秒で言ってる功利主義の使い方には誤解がある
    彼は道徳的ではないと言ってるが、部族主義と並べて原始的な利己主義という意味で使っているなら、倫理的エゴイズムはれっきとした道徳的立場になる

    その後で道徳の目的を「生命のため」「苦しみを和らげる」「感覚的な幸福を求める」ためと言っている
    皮肉にもこれは彼自身が以前の動画で出した功利主義の基本的な解説だ
    この動画の哲学的アイデアはかなり無知で、薄っぺらく見当違い
    【もののけ姫をエボシ様から考察する外国人】の続きを読む

    madao

    アニメオタク外人さん(主)
    待望の銀魂新作の放送が再開され、高品質のエンターテイメントが復活した
    銀魂ユニバースには非常に多彩なキャラクターがいる
    痔の忍者、サディストの隊長、ゴリラの局長、不気味なペットを飼っている攘夷志士など
    今回はこの中から特定の興味深いキャラクターを見ていこうと思う

    The MADAO
    マダオとは多くの意味を持つ頭字語であり、絶望的、悲劇的な人生を表している
    不器用なホームレス、一日中何もせず酒を飲み人生を無駄に過ごしている浮浪者
    何をしようがその悲惨さからは逃れられない人物
    略語が意味する内容は下記の通り

    Middle Aged Dumb Ass Oldies
    MAtomo ni DAkaretakunai Otoko(誰にもデートを望まれていない男)
    MAjide DAssai Oyaji(本当にイケてないおっさん)
    MAssugu ikite no DAinashi na jinsei na Ojisan(好きなように生きても何も達成できないおっさん)

    アニメ188話ではユニークな髪型の子供がマダオの観察日記を読み上げた
    「マダオは公園のヌシです。髭の生えたグラサンの生き物で、基本一日中働かずに公園でじっとしています」
    LOL マダオには希望があるのか? いつ安定した職に就くのか? いつ幸せになるのか? なぜこんなことをしているのか?

    答えはマダオの哲学にある
    具体的に言うならば、長谷川泰三の哲学にある

    彼は本質的に利他主義者で実存主義者だ

    1)利他主義マダオ

    利他主義とは「他者のために己を捨てる信念を持ったり実践したりすること」と定義されている
    長谷川がいかに利他的かを見ていこう

    95話で彼は誤って女性にキン肉バスターをかけた疑いで刑務所に送られてしまう
    当然それは事故だった
    裁判で彼は勝訴し、刑の代わりに奥さんとの関係を修復するよう言われた
    彼は恥ずべき事実を受け入れて奥さんのためにそれを行った

    248話『マッドドッグマダオネア』はスラムドッグ・ミリオネアのパロディで、金持ちになりたい男としてゲームに参加する

    桜島千春はマダオネアに出場したいという夢を語る
    金持ちになれば借金が返済できるし、テレビに出ているところを見て蒸発した父親が戻ってくるかもしれない
    その後回想が続き、母親が病気になり千春はホームレスになる
    そして長谷川が世話をする

    公園で共に眠るうち彼らは近づいていく
    結局、長谷川は千春の父親になる

    なんで俺は泣いてる?

    その後父親が帰ってきて、長谷川が借金を肩代わりすることになる
    だから彼はマダオネアに出場した
    千春の家族を救うために金を稼ぐ
    他人のために責任を負った
    結果取り立て屋に苦しむハメになるが、千春を幸せにすることはできた

    ここで188話に戻ってみよう
    大五郎が観察日記を発表するエピソードだ
    彼は長谷川を家に連れ帰り世話をしてやる
    大五郎はマダオを犬として飼った

    この日記には大五郎にはかつてマダオである父親がいて、彼とお母さんを不幸にして家を出ていった事情が書かれていた
    最終的に大五郎のお母さんがマダオに関心を寄せるようになり、長谷川は家族として迎え入れられることになった
    さらには就職のチャンスも見つけた

    面接の待機中、長谷川はマダオではなくなった大五郎の父親と出会う
    父親はどうやってマダオを脱したのか、就職することで家族の元に戻れるのではないかということを話す

    残念だがそのポジションにいられるのは1人だけだ

    長谷川はわざと酔っ払って暴れ、大五郎の父親に職を譲った
    当然その結果大五郎のもとに戻れなくなるだろうことは分かっている
    彼は姿を消し、公園のヌシに復帰してポジションを開けてやる

    その後大五郎は公園のベンチで長谷川と再会する
    わざと暴れて就職しなかった長谷川に怒りをあらわにするけれども、なぜ彼がそうしたのかちゃんと理解している
    家族が再会できるよう自分から身を引いたのだ

    2)実存主義マダオ

    実存主義では「人は自らの自由意志でもって行く先を決めるべき」と言っている
    外部の力に頼るのではなく自分自身で良くなっていこうという考え方だ
    『ツァラトゥストラはこう語った』おいてニーチェはこう言っている
    「弱者は宗教、ナショナリズム、民主主義、あるいは別の手段で現実から逃避する」

    人間は社会が定めた倫理規範から離れた形で価値観や信念を作り上げるべきだ

    7話で長谷川は宇宙人に支配された江戸政権下で働いていて、宇宙人のペットのタコを保護しなければならなかった
    最初は仕事に忠実だった彼も銀時の行動に突き動かされ、宇宙人を殴り職を失うことになる

    その瞬間、マダオは生きるのために多数派に従うのはやめようと決意し、たとえ危険であっても自分の道を行こうと決めた

    同様に95話でも決意が見られる
    上で挙げた裁判のエピソード

    まず彼は幸福は決して得られないだろうと考えている
    銀時に首吊り用の縄を持ってくるよう頼むが、銀時は拒否し弁護士として登場する
    語られるマダオの過去
    彼がいかに「こうでなければならない」に逆らってきたのか

    人は克服するものだ
    だからこそニーチェは『ツァラトゥストラはこう語った』で「良い生」がなぜ良い生なのか突き詰めるよう模索することが良い生に繋がると書いている
    『人間は克服されなければならない何かだ。君は徳を愛するだろう。それによって滅びるとしても』

    16話で長谷川は失業している
    欲望が苦しみを生むとしても、とにかく仕事を探しはめる
    最終的に彼のアイデンティティを成す重要な要素であるサングラスを犠牲にしてタクシー運転手になる

    仕事で宇宙人の王子を乗せているときに、今にもお産が始まりそうな妊婦に出くわす
    宇宙人は妊婦を無視するよう言うが、長谷川は宇宙人の顔面を殴りつけ仕事をやめた
    彼はなぜ仕事をクビになったのか尋ねる神楽
    長谷川は仕事よりも自分の価値観や信念を優先させる
    だから失業したのだと彼は答えた

    自分を貫き通した結果惨敗する彼を愛してる
    長谷川はアニメの中で何度も自殺しようとするが毎回失敗している
    彼が本当に惨めだとしたら、なぜ「死ねない」のか?
    これはジャン=ポール・サルトルが打ち出した実存主義の概念である『実存は本質に先立つ』のせいだ

    彼はこの『実存は本質に先立つ』を説明するために「本質は実存に先立つ」について話す
    例として挙げられているのはペーパーナイフ職人だ
    職人はペーパーナイフを作る前に、それが作られる理由を知らなければならない(紙を切るのに使う)
    つまり作られる前にペーパーナイフの本質は決まっている

    もし神が存在するならば神が職人だ
    我々人間がペーパーナイフ
    つまり人間の本質はあらかじめ神に定められていて、自分自身でどうこうすることはできない
    自由意志がない
    よってサルトルにとって神の存在する世界が「本質は実存に先立つ」になる

    サルトルは人間が先にいたと信じてる
    だから我々は自分自身を定義づけたり、何のために生きるのか自分で決めることができる
    著書『実存主義とは何か』でこう書いている

    『最初人間は何者でもない。自分自身でそれを創り上げる。したがって人間の本質はあらかじめ決められておらず、実存が先行した存在である。だからこそ、人間は自ら世界を意味づけ行為を選び取り、自分自身で意味を生み出さなければならない』

    ニーチェは『偶像の黄昏』でこう書いている
    『なぜ生きるのか知っている人間はどんなことにも耐えられる』

    まぁ、哲学たっぷりって感じやね
    これが長谷川とどう関係しているか
    彼はアニメを通して多くの不幸を経験する
    それでも死なないのは、それが彼の人生の理由、本質だからだ
    マダオの本質とは、別れた妻ハツとの未来だ

    155話で長谷川と銀時は競馬に負けるが、長谷川は諦めない
    たとえパンツ一丁になってもハツがいるから耐えられる
    このように、どれだけ不幸になっても彼は挑戦し続ける
    ハツとの幸福な未来を目指して

    結論

    マダオは「成功するためなら何でもしろ」ということを我々に教えてくれている
    「本当に必要なものさえあれば最小限のものだけで生きていける」ということも教えてくれる

    これを読んだ人が面白いと感じてくれたり、悟ってくれていたら幸いだ
    Thanks for reading. :)


    アニメオタク外人さん
    なんでこれを全部読んでしまったのか分からん

    アニメオタク外人さん(主)
    >>2
    それは君があまりに多くの暇があるマダオだからさ


    アニメオタク外人さん
    >>3
    もし俺がマダオじゃなかったらチップを渡してた


    アニメオタク外人さん
    長谷川が自分自身に打ち勝ってハツと暮らすようになるまで銀魂は終わらない
    【銀魂分析:マダオの哲学】の続きを読む

    otaku

    オタク外人さん
    誰かこのアニメのラカン派分析を呼んだことあるヤツいるか?
    オタクとは本質的に決して手に入らない女性(二次元)を愛するというトラウマ的経験をしてしまったがために、永遠に同人誌、ファンフィクションを作り続けるネクロフィリアだという
    これは当たってんのか?
    (※斎藤環著『戦闘美少女の精神分析』)

    オタク外人さん
    読んだことない
    でもラカン的な分析をするとそうなるってのは分かる


    オタク外人さん
    >>2
    これ
    ラカンの見方からすると正確だが、別の見方をすることもできる


    オタク外人さん
    >レイ画像
    失せろ

    オタク外人さん
    >>4
    お前が失せろアスカ厨
    【外国人「日本人が書いたオタクについての分析本を読んだ奴いるか?」】の続きを読む

    オタク外人さん
    英語でプラトンの『国家』を読んでるが、何がなんだか分からん
    俺がバカだからかもしれんが、とにかくほとんどの文章を理解できない
    会話文で引用符を使ってないから、誰と誰が会話しているのかについていくのも難しい
    読み進めるためのヒントがほしい
    俺の母国語が英語じゃないってことに注意してくれ
    今まで読んだ中で一番難しい本は『デューン』

    p2

    以下参考
    国家冒頭、ピレウスを訪れていたソクラテスがアテナイに帰ろうとしているときに、ポレマルコスの召使いに呼び止められた直後のシーン
    「よろしい、お待ちしよう」とグラウコンが答えた。
     ほどなくして、ポレマルコスがやって来た。グラウコンの兄アデイマントス、ニキアスの息子ニケラトス、そのほか何人かの者もいっしょで、みんなお祭の行列を見物した帰りと見えた。
     ポレマルコスが言った、
    「ソクラテス、お見うけしたところ、どうやらあなた方はここを引き上げるおつもりで、都のほうへ向かいはじめたようですね」
    「そう、お察しのとおり」とぼくは答えた。
    「われわれがここに総勢何人ひかえているか、あなたの目に入っているのですか?」と彼が言った。
    「むろん」
    「それならあなた方は」と彼は言った、「ここにいるわれわれよりも強くなるか、それができなければここに留まるか、二つに一つですよ」
    「もう一つの途が残されていはしないかね」と僕は答えた、「つまり、われわれを放免すべきだということを、君たちに説得すればよいわけだろう?」
    プラトン『国家 上』藤沢令夫訳
    2 オタク外人さん
    俺らはもう先に行ってっから
    2、3年前ならその質問に答えたけどね
    今俺らはアリストテレス読んでっから


    オタク外人さん
    >>2
    助けてくれよ……
    いろいろな本が読みたいんだ
    俺は今までSFやファンタジーしか読んでこなかったから

    オタク外人さん
    なんで母国語で読まない?
    そしてなぜオタク・エンターテイメントから哲学書へ進むのが良いアイデアだと思った?


    オタク外人さん
    >>4
    俺はスレ主じゃないが、英語で出てるプラトンの本はデンマーク語のそれよりも遥かに安かったから英語版を読んだ
    【プラトンの国家で英語を勉強するベトナム人と鼻をすするジジェク】の続きを読む

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